孤高の美学
倒産して思い知った「優しさ」と「したたかさ」のバランス池森賢二氏曰く、若き頃の挫折の思い出
30年ほど前のこと、脱サラして仲間と作った会社を倒産させました。
手形を落とす金を工面して銀行に着いたら3時を数分過ぎていて、二度目の不渡り。
その瞬間は銀行を恨みましたが、3日後には、逆に感謝していた。
「倒産すると、こんなに熟睡できるのか」と。
手形の恐怖というのでしょうか、それまではとにかく「倒産なんかしたら大変だ」とおののき、必死で動き回って、眠るどころじゃありませんでした。
だけど、倒産しちゃったらどうしようもない。
2日ばかり眠りこけて、起き上がった時には、不思議な安堵感がありましたね。
とことん戦って、打ちのめされて会社を潰すのは、経営者として甘いと思います。
私自身がそうでしたが、倒産した先のことを想像できなくて金を借りまくって、立ち直れなくなってしまう。
倒産した時、私には個人保証した借金が2400万円ありました。
それを2年ちょっとで完済し、ファンケルを創業できたのは、当時の私に若さとエネルギーがあったにしても、並大抵のことではなかった。
今になって思えば、会社を潰す前に、再起に必要な資金をどこかに確保しておくくらいのしたたかさを持つべきでした。
金を貸した人だって、倒産して絶望されるより、金を返してもらうチャンスが増える事を望むはずです。
私は、もともとが優しい人間です。
経営においても、売上の追求より、人を思いやることを優先してきましたし、それが顧客満足につながったと自負もしています。
けれど、「優しい」一辺倒のお人よしでは経営はできない。
単純な「優しさ」とは相反することもある「したたかさ」を経営者が併せ持たなくては、会社も社会も成り立ちません。
倒産の経験を振り返るたび、痛感します。
【出展】日経ベンチャー 2006年2月号 P15 孤高の美学 より












